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福岡高等裁判所 昭和46年(行コ)1号 判決

控訴人 柳瀬繁

被控訴人 八幡税務署長

訴訟代理人 岡崎真喜次 外六名

主文

原判決を取消す。

被控訴人が控訴人に対し昭和四一年七月一二日付でした昭和四〇年度分の所得税及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  本件処分の経過

本件処分の経過事実については原判決がその理由の第一項「本件処分の経過」において判示するとおり(原判決九枚目表三行目から同裏九行目まで)であるからこれを引用する。

二  推計課税の適法性

当裁判所も被控訴人が控訴人の所得を実額調査によつて計算することは不可能であるとして、推計課税の方法をとつたこと自体は適法と判断するものである。その理由は原判決がその理由「第二項原告の所得1」(原判決九枚目裏一一行目から同一一枚目裏八行目まで)に説示するとおりであるからこれを引用する。

三  車検収入

1  被控訴人が昭和四〇年度に四一台の自動車につき車検のため分解整備をしたことは当事者間に争いがなく、そのうちの二台が控訴人所有名義と、控訴人の家族員と推認される柳瀬スギエ名義の自家営業用自動車の分解整備であつたことは、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨により認められる。

2  しかして、被控訴人が採用した控訴人の昭和四〇年度における総収入金額の推計計算の方法は要するに、「控訴人が所持していた車検のための分解整備記録簿〈証拠省略〉から三五台分の写〈証拠省略〉をとり、写しとつた分解整備記録簿写に表示された△(修理)×(取替)W(分解点検)の符号を車検収入推計の拠りどころにし、当時同業者間に周知されかつ料金算定の目安となつていた「標準作業時間表」「標準料金表」を基準にして該当の修理費、取替費、分解点検費を割出し、一台当りの車検収入金額を推計し、三五台分の控訴人の車検収入金額は一三〇万七、八〇〇円である。従つて、相当と認められる値引率一五パーセントを考慮に入れても三五台分の車検収入金額一一一万一、六三〇円となり、一台当りは金三万〇、八七〇円(計算上は三万一、七六〇円であり被控訴人の主張には計算違がある)となるから、これに総車検台数四一台を乗ずると、昭和四〇年度の車検総収入金額は金一二六万五、〇〇〇円である、そこで車検収入は控訴人の他の収入の四〇パーセントを占めると認められるので総収入金額は金三一六万二、五〇〇円である。」というのであることは被控訴人の主張並びに〈証拠省略〉により明らかである。

3  右推計計算の方法は、分解整備記録簿による車検収入金額の算定が基礎をなしているから、推計計算の方法が如何に合理性があるにしても、その基礎資料たる分解整備記録簿からの写しとりが正確に行なわれていたことが、推計計算が正確であることの何よりの前提となることはいうまでもない。

ところが、控訴人は被控訴人提出の分解整備記録簿の写である〈証拠省略〉には、その原本たる〈証拠省略〉より△(修理)×(取替)W(分解点検)の符号が七八ヶ所も多く記入されていると主張し、被控訴人は、むしろ八〇ヶ所に多くの記入があることを認めながらも、分解整備記録簿の写である〈証拠省略〉にかかる多数の写し誤りがある筈はない旨主張するので、〈証拠省略〉(分解整備記録簿)とその写である〈証拠省略〉(分解整備記録簿写)を比較検討すると、〈証拠省略〉の各号にはそれに対応する〈証拠省略〉の各号(その対応関係は別表(一)記載のとおり)に記載された△、×、Wの符号を、分解整備の個所に、正確にボールペンで写しているほか、また〈証拠省略〉の各号には別表(一)記載のとおり更に八〇ヶ所鉛筆書で、△、×、Wの符号の記入がなされていることがそれぞれ認められる。(なお本件記録添付の〈証拠省略〉の写では、ボールペンの記入部分と鉛筆による記入部分の区別が全くわからないので、その判別は〈証拠省略〉各号の原本によらねばならない。)

そして、被控訴人は右鉛筆書きによる八〇ヶ所の△、×、Wの符号の記入が何時、如何なる理由で記入されたか全く判らないのみならず、ボールペン書きの個所における修理、取替、分解点検が必然的に鉛筆書き部分の修理、取替、分解点検をもたらすものとは限らない旨自陳している。そうだとするならば、被控訴人としては控訴人所持の分解整備記録簿に基づいて、三五台分の控訴人の車検収入を逆算するに当り、分解整備記録簿原本に記入のない〈証拠省略〉中鉛筆書で記入された△(修理)、×(取替)、W(分解点検)の個所につきその修理費、取替費、分解点検費を加算して当該車両の車検収入を推計することは許されない筋合であるところ、〈証拠省略〉のうち鉛筆書で△、×、Wの記載ある〈証拠省略〉を検討すると、ボールペン書きの△、×、Wの記入部分について各費用の算定をなしているだけでなく、鉛筆書の記入個所についても修理費、取替費、分解点検費を算定し、これを集計に入れて一台当りの車検収入を推計していることが認められる。そのため、被控訴人の三五台分の車検収入額としたところには、本来、修理費、取替費、分解点検費として算入してはならない分が別表(一)記載のとおり一九名の各車検依頼者につき、それぞれ該当者のC欄に記載のとおりの車検収入の増加額を不当に推計計算した結果をもたらし、三五台分の車検収入の推計総額につき一五万九、一〇〇円を多額に見積つたことになつている。

そして、右〈証拠省略〉の記載に、前掲〈証拠省略〉によると、鉛筆書による△、×、Wの記入個所の修理費、取替費、分解点検費をも当該車両の車検収入に算入した三五台分の車検収入は別表(一)A欄記載のとおりで、その三五台分の車検収入総額は一二四万五、九〇〇円となるから、右金額から本来車検収入として計算に算入してはならない前記一五万九、一〇〇円を控除した金額一〇八万六、八〇〇円が、控訴人所持の分解整備記録簿に本来記入ある三五台分の分解整備個所につき合理的に推計計算された範囲内の車検収入金額ということができる。なお右分解整備記録簿に記入してある分解整備個所の各車検収入金額を算定するに当つては自動車整備技術委員会が作成した「標準作業時間表」「標準料金表」のほか車種、年式、走行距離等が参考になつていることは前掲〈証拠省略〉によつてこれを認めることができる。

4  そうすると、一台当りの平均車検収入金額は被控訴人が自認する値引率一割五分を相当と認めてこれを控除した金九二万三、七八〇円を三五で除した金二万六、三九三円となる。そして控訴人の自家営業用車両についての車検のための分解整備が、控訴人の所得となり得る筋合ではないから、係争年度の総車検台数四一台から右自家用車分二台を控除した三九台に前記一台当りの平均車検収入金額二万六、三九三円を乗じた金一〇二万九、三二七円が控訴人の昭和四〇年度における車検総収入金額となる。

四  総収入金額、算出所得金額、総所得金額、課税所得金額

そうだとすると、車検収入金額が総収入金額の四〇パーセントを占めるとし、総収入金額に同業者の所得率五一パーセントを適用して算出所得を推計した被控訴人主張の計算方法に従うとしても車検収入金額が右に認定したように一〇二万九、三二七円であるときは別表(二)計算書のとおり、総収入金額は金二五七万三、三一七円算出所得金額は金一三一万二、三九一円総所得金額は金六八万六、九一六円となること計算上明らかであり、これから被控訴人の自認する諸控除金額三六万円(内訳配偶者控除一一万七、五〇〇円、扶養控除一一万五、〇〇〇円、基礎控除一二万七、五〇〇円)を控除すれば控訴人の課税所得金額は三二万六、九一六円となり、被控訴人が本訴において控訴人の課税所得金額として主張する六二万七、四〇〇円には及ばないばかりか、被控訴人が更正決定において認定した課税所得金額四五万五、〇〇〇円にも達しないから、被控訴人が昭和四〇年度の控訴人の課税所得金額を四五万五、〇〇〇円であるとして所得税額金五万六、一〇〇円、過少申告加算税額金二、八〇〇円とした更正決定は控訴人の主張するその余の違法性について判断を加えるまでもなく、違法不当のものであるといわねばならない。

五  よつて、被控訴人が控訴人に対し昭和四一年七月一二日付でなした昭和四〇年度分の所得税及び過少申告加算税賦課決定の取消を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであるから、これと結論を異にする原判決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 原田一隆 鍬守正一 松島茂敏)

別表 (一)、(二)〈省略〉

【参考】本判決理由第二項において引用する第一審の理由部分は次のとおりである。

〈証拠省略〉を綜合すれば、原告の前記申告については、八幡税務署員の調査を受けることになつたが、その際原告は、同署員に対し前記申告は売上帳、仕入帳、経費帳をもとに損益計算書を作成し、これをもとになしたものであるところ、申告の際同署窓口で同署員の応待振りが悪かつたことに腹を立てて右帳簿類は破り捨てたと言つて、僅かに残つた入出金伝票と分解整備記録簿(その一部(証拠省路))だけを呈示したので、同署員が右記録簿に記載された顧客の住所氏名を控えて帰つた結果、前記更正処分がなされ、次いで審査請求をした際も、福岡国税局協議団の徳久登美路が調査のため訪れたとき同様の書類しか呈示しなかつたこと、同人の調査によるもの右記録簿は車検のための点検修理の内容を記載したに止り、その代金まで確定することはできず、入出金伝票もその作成の基礎となる証拠書類が保存されていないため、その真偽の検討ができずに、やむなく右記録簿をもとに同業者を調査した結果、前記所得金額を推計したことが認められる。

そこで、原告の所得が右の伝票と記録簿だけから算定することができたかどうかということになるが、原告本人尋問の結果には、右伝票に記載された金額の合計が原告の昭和四〇年度のすべての収入金額であつて、右記録簿に記載した車検のための点検修理は福岡県小型自動車整備振興会で決めた協定価格表より三割方安くしているし、小さな手間賃等はサービスしているので、右協定価格表と記録簿を引き来わせてもその代金は算出されないし、実際には記録簿の現存しないのもあるとか、例えば請求書〈証拠省略〉と領収証〈証拠省略〉のように金額の合致しない分については入金額が代金額であるとか、あるいは証拠書類たるべきものがあつて原告の収入金額に算入されないのは伝票洩れであると述べたうえ、さらに損益計算書(その写は〈証拠省略〉)と原告作成の車検一覧表〈証拠省略〉の入金額の差異は売掛金を含めたかどうかであると言いながら一方では売掛分はすでに破棄した売掛帳に記載して伝票を切らないとか、あるいは車検収入のほかに一般修理、雑収入があつてもすべて入金伝票によるが、仕訳日記帳を作成していなくても、記録簿の車検の日付と入金の日付、記録簿の内容、伝票の金額だけから、車検収入とその他の収入との区別は原告が見れば分るという。供述部分がある。このことは要するに入金伝票に基いて原告の作成した損益計算書の記載の正確性を担保するものは原告本人の記憶だけであつて、原告以外の者がこれを検証しようとしても、その資料や方法が全くないということになる。しかも、原告の記憶が必ずしも正確でない点が見受けられる。

右事実によれば、被告において実額調査による原告の所得金額の算定は不可能というべく、結局推計課税の方法によるほかないといわなければならない。

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